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2009-06-18

うーん

18:10 | はてなブックマーク - うーん - ogijunの日記 うーん - ogijunの日記 のブックマークコメント

もうしわけないがこれはひがさんがイカンと思う。梅田さんが言ってるのは、シリコンバレーなんかでは一部のintellectualな人々の間で技術者ではなくてもopen sourceという言葉が普通に使われるようになってきてるよね、日本にはそういう風には広まってないよね、ということだと思われる。それはやはり当地では技術者が発言者として影響を与えやすいという土地柄もあるのだろうけど、梅田さんの活動はそういうシリコンバレーの空気を日本に伝えることだったりするわけだ。日本である程度高度な知的活動をしている非技術者たちが自然にオープンソースについて語ったりしてもらうというのはまだ難しいと思う。梅田さんは今回将棋を通してそれをやろうとしたわけで(何もしてないなんてとんでもない、あの「何語に訳して公開してもいい」宣言はすごいことだよ)、要するに応援してくれてるということ。まあその応援を邪魔くさいと思うかも、みたいなのは個人の自由なんだけど、実際に日本で有数のFOSS開発者がそれをおおっぴらにやめてくれと言ってしまうのはやや困ったことだと思う。

この話、続くかも。

shiroshiro2009/06/18 21:58うーん、英語圏にも「open source」の拡大解釈 (バザールモデルとの混同) はあると感じてますし、それはやっぱりあんまりよろしくないことのように思います。その混同をさらに日本に持ち込まなくても良いのではないでしょうか。
どちらかというとCreative Commonsに話を絡める方が梅田氏のやりたいことにも沿うんじゃないかと思うのですが。それもわかってて、敢えてバズワードとしての通りが良さそうだという理由で「オープンソース」の言葉を選んでいるとしたら、ちょっと首をかしげちゃいます。

ogijunogijun2009/06/19 22:05なるほど。英語圏でもその「困った感」は共通しているのですね。参考になります。
梅田さんは「敢えてバズワードとしての通りが良さそうだという理由で」使ってるわけではないとは思うのですが、だとしたらどう言えばいいんだろう? というのはまだよくわからないですが、引き続き考えてみます..。

かずひこかずひこ2009/06/20 03:21「オープンソースとはバザールモデルで無償で開発されているものだ」というのは、拡大解釈というよりは、むしろ縮小解釈というべきな気します。しかも、それだけでなく
・オープンソースは既存のビジネスを邪魔しないところで成立する
・オープンソースは質が低くてあたりまえ
みたいなことを書かれると、単に間違っているとか用語を混同しているとかのレベルではなく、オープンソースの多様性や可能性を否定してオープンソースを不当に貶めるもので、とても迷惑なわけです。
それが単に無知からくるものか、明確な意図を持ってのことなのかは知りませんが、いずれにしても「応援してくれている」とは私には感じられません。

ogijunogijun2009/06/20 04:19なるほど、かずひこさんのおっしゃることはよくわかります(以前の日記の内容も含め)。ただ、かずひこさんや他の識者の方が困った思いをしているのは事実でも、梅田さんが本当にオープンソースを貶めようとしているわけではないことは明らかだと思うので「応援してくれている」んだと書いたのです。結果的に迷惑なことになっていたらそれは本当に困るんだけど、少なくとも悪意はないでしょう。

shiroshiro2009/06/20 11:27悪意の有無は今回の議論に全く関係なくないですか?
とかいうと「モヒカン的」と言われそうですが、オープンソース定義の肝は、作り手の意図にかかわりなしに---悪意の塊であろうが、私利私欲に塗れていようが---OSDを採用する限り不可避的に、コードが作り手を離れて良いものへと進化する自由を得てしまう、というところにあるんじゃないかと。
だから「たくさんの善意の人が無償で…」というのは、そういうケースもあるから一概に間違いでは無いけれど、それだけを強調すると大きなミスリーディングになっちゃうので、しつこくても「実はそういうことじゃないんだ」と指摘し続けないとまずいのだと私は思っています。

ogijunogijun2009/06/20 13:24あああ、すみません。たしかに悪意云々は今回の議論には関係ないです。モヒカン的議論は議論である限りは実りがあると思いますし、誤解を解く努力を地道にしている人たちには頭が下がります。なんだけど「知らないやつは黙ってろ」というような発言ばかり目立ってしまうのも戦略的に好ましくないと思うのです。相手は矮小化した誤解を広めたいとか一般の人をミスリードしたいとか思っているわけではないのだから、うまく説明してちゃんと伝われば正しい認識を広めるための見方になってくれるはずなのに、反発してることが目立ってもったいないな、と。
とまあそんなことを考えてたんですが、一連の議論でいろんな人のblogが問題提起の場になって(コメント欄が重要だったりするのでちょっと探しにくいですが)きちんとした見解が見えるところにあらわれたし、矮小化されたオープンソース理解がどれくらい広まってるのかも少しわかったし、ある種の強い口調とかも炎上含めて意味はあるんだなあとか今は思っています。
一連の動きの中でshiroさんがいろんなところのコメント欄で語っていたことはもっと広い範囲に投げかけても伝わる言葉になっていると思います。これはすごい。この言葉がそのまま梅田さん並みの発信力に乗っかったら、というようなことを考えてしまう。

ogijunogijun2009/06/22 00:37今更ですが、s/見方/味方/ でした。

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