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2013-03-03

お芝居のつくりかたなどから

03:06 | はてなブックマーク - お芝居のつくりかたなどから - ogijunの日記 お芝居のつくりかたなどから - ogijunの日記 のブックマークコメント

一昨年に縁あってとある演劇系の(とぼかして書いておく)ワークショップに参加したことがあって、たった3日間の練習だけで(恐しいことに)お金を払ってチケットを買ってる人が見にくる舞台に立つということをしたのだ。いま思うとそのときにのすごく印象的な体験をした。

なんとなれば、たった3日だけという限られた練習期間でも演出家脚本をいじるのである。流石に時間が限られているので事前に脚本は出来ている。初日に読み合わせをして、2回目にはもうセリフがなくなったり、しゃべる人が変わったり。ここはアドリブでなんか言えというところもいっぱい出てくるし。参加者は一般公募だったので演出家はそのほとんどと面識がないはずで、だからこそ会ったあとではイメージに合わせて変えたくなることが多いのであろう。本番直前のゲネプロでもけっこうすごいところを変える指示が来たりしていたが、これもそこ(実際に公演を行うステージ)でやったのはその時が最初なので、その空間に合わせた演出に変えるということで当り前のことをやっているのである。そうして3日間の練習+ゲネという準備を経て公開されてものはやはりただ渡された脚本を読んだだけのものとは根本的に違うものになっていた。

これは極端な例としても、これまで好きで行ってた小劇場で見聞きしたことなどから推測するに、演劇というのは最初に与えられた脚本をただなぞるだけという場合は少ないのではないかと思われる。まずは役者の顔合わせでイメージ更新が行われるだろうし、本読みに入れば具体的に演じる人に合わせた演出というのが浮かんでくるだろう。何日も稽古を重ねるうちに様々な可能性が浮かび上がりそれを試しては捨てまた違う可能性を試しを繰り返す。小屋入りしてからもそのループは続く。というか稽古というのはそういう期間のことなんだろう。最初にもらった台本はびっちり赤が入っているはずで、改訂版が用意されることもある。それも複数版。ロングランだったら初日とまんなかへんと最後の方ではいろいろ変わってるかも知れない。お客さんの反応によっていろいろと手を入れることもあるからだ。そんなふうにして舞台は出来上がる。いか完璧脚本といえどもぶっつけ本番で1回読んで終わり、というのが最上ということはまずない。たぶん。

何が言いたいかというと、これはシステム開発のものだということである舞台と同じように、演じる人(プログラマやデザイナ)や舞台(環境プラットホーム)や観客(ユーザ)によってダイナミックに変わりながら徐々に出来上がるというのがごく普通の姿なんじゃなかろうか。脚本(仕様書)が完璧なら常に最高のものが出来上がるなどと考えるのは最初から間違いである。

からないのは、お芝居ではそういうことは当り前に思えるのに、システム開発では未だに「舞台に上がってから脚本をいじり続ける」ようなことが許されていないというような共通理解があるのはなぜだろう? ということである。というようなことをひさしぶりに受託開発に関わってまた考えはじめている。

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